フットボールカルチャー > フットボールチーム特集 > イングランド対ポルトガル パート1
12世紀にまでさかのぼる両国の同盟関係の歴史と、近代のフットボールにおけるライバル関係について、フィル・タウンが説明する。
イングランドとポルトガルの関係は、はるか昔にさかのぼる。1147年、リスボンからムーア人(イスラム教徒)を追い払うために、イングランド十字軍が積極的に支援を行った。1294年には通商条約を結び、イングランドはポルトガルにとって初めての同盟国となった。以来両国は、さまざまな場面でお互いに助け合っている。イングランドは、ポルトガルの1400年代のカスティリャ王国との戦争や、1800年代のフランスとの戦争に手を貸した。第一次世界大戦では、ポルトガルが戦死者3万5,000人を出しながら、英国に協力した。このような同盟関係の一方、時には問題が起きることもあった。たとえば、1890年に英国が出した最後通牒だ。英国は、ポルトガルが南アフリカにおける領土権の主張を制限しなければ、武力公使を行うと脅したのだ。とはいえ、これまでの両国関係を見ると、お互い、持ちつ持たれつである。
イングランドの文化は、1661年にポルトガルのブラガンザ王家からキャサリン王女がやって来たことで、大きな影響を受けた。チャールズ2世との結婚に際し、キャサリン王女は50万ポンド分の金、ボンベイの町、大きな収納箱に入った紅茶などの莫大な持参金を携えてきたのだ。こうして、イングランドの人々の紅茶好きが始まったのである。そして、現在英国人の朝食に欠かせないマーマレードを持ち込んだのも、キャサリン王女である。その後、イングランドは織物と織物技術をポルトガルに伝え、ポートワインという美酒に出会うことになった。当時多くの英国企業が進出したポルト付近のドーロ谷のワイン産業においては、今でも英国の存在が大きい。
また、この数十年間は、フットボールの交流も続いている。イングランドがポルトガルへ輸出したのは、主に監督である。有名なのは、1970年代初期にベンフィカ(Benfica)を3年連続リーグ優勝に導いたジミー・ヘーガン(Jimmy Hagan)、1981-82年シーズンに、スポルティング・リスボン(Sporting)にリーグとカップのダブル優勝をもたらしたマルコム・アリソン(Malcolm Allison)、1990年代半ばにFCポルト(FC Porto)を2年間で3つのタイトル獲得に導いたボビー・ロブソン(Bobby Robson)らだ。ここ数年は、逆にポルトガルから、プレミアリーグの富を求めて選手たちがイングランドにやってきている。フルハム(Fulham)のルイス・ボア・モルチ(Luis Boa Morte)、ニューカッスル(Newcastle)のウーゴ・ビアナ(Hugo Viana)、トッテナム(Tottenham)のエルデル・ ポスティガ(Helder Postiga)、マンチェスター・ユナイテッド(Manchester United)のクリスティアーノ・ロナウド(Christiano Ronaldo)などである。
両国のフットボールにおけるライバル関係が始まったのはいつ? 続きはパート2で
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