フットボールカルチャー > プレーヤー特集 > ウェイン・ルーニー
リバプール出身のワンダーボーイ、ウェイン・ルーニー(Wayne Rooney)。その類い希なる才能を目の当たりにしたイングランドのフットボールファンは、来年、40年ぶりにワールドカップを奪還できるかもしれないと、大きな夢を抱き始めている。
イングランド代表スベン・ゴラン・エリクソン監督(Sven-Goran Erikkson)は、ルーニーについて「10代のフットボール選手として、ペレ以来の逸材が現れた」と言っている。そして、伝説のブラジル人プレーヤー、ペレ本人も、「‘自分以外に’彼ほどいい選手は見たことがない」と評したのだった。20才の誕生日を前に、ルーニーは世界を魅了している。イングランド中で、スタジアムを埋め尽くす観客やパブに集まるフットボールファンが、「2006年のドイツワールドカップこそ、40年間断たれてきた夢が実現される時だ」と、ひそかに話し合っている。リバプール生まれの寵児が、ワールドカップをふたたびイングランドに持ち帰ってくれると、多くが期待しているのである。
筋骨隆々の恵まれた体を与えられた身長176cmのルーニーには、他を威嚇するような貫録がある。その体格は、並外れた才能を誇ったプレーヤー、マラドーナ(Maradonna)やポール・ガスコイン(Paul Gascoigne)と似ていると言われている。かつて、それまで動きがなく退屈だった試合を一転させ、人々を魅了するこの2人の驚くべきプレーに、世界は息をのんだものだった。
リバプール生まれのルーニーは、2002年8月、16才で地元クラブのエバートン(Everton)でプレミアシップデビューを果たした。その2カ月後、ルーニーは23mの驚異的なロングシュートを決めて、アーセナルのリーグ戦無敗記録を30でストップ。ふたたびスポーツ紙面を賑わせた。この試合の後、BMX(モトクロス自転車)でグディソン・パーク(Goodison Park)を後にし、その足でボールをけりに仲間に会いに行ったのは有名な話だ。そしてルーニーは、ユーロ2004で国際舞台へと駆け上がった。対スイス戦で挙げた2ゴールに、ファンも評論家もこぞって期待と興奮にわいた。非情にも足を負傷してしまったが、それさえなければ、大会を席巻していたことだろう。
しかし、才能豊かなスーパースターにも、必ず弱点はある。ルーニーの場合、それは激しい気性である。FIFAのセップ・ブラッター会長は、「ルーニーには、びんたの一発でもくれてやる必要がある」と言ったことがある。最も懸念されていることは、ルーニーが負けず嫌いだという点にある。毎回、失う物は何もないとでもいうような姿勢で、全力で試合に挑む。若いルーニーに対し、より経験豊富な選手は、この弱みにたびたびつけ込んでくるのである。マンチェスター・ユナイテッド(Manchester United)の名将アレックス・ファーガソン(Sir Alex Ferguson)は、ルーニーの競争力を損なうことなく、激しやすい側面を抑えさせると誓っている。
2005-06シーズンが始まった今、ルーニーが切望するのは、未だ経験のないメジャーな大会での優勝。そして、スポーツ記者たちは、来年がそのチャンスの年だと先を争って書きたてている。対ミドルズブラ(Middlesbrough)戦で決めたシュートが、BBCのフットボール番組『Match of the Day』でシーズン最優秀ゴールに選ばれ、その後の浦和レッズ戦では、味方さえも驚くすばらしいゴールで、フットボール界を興奮の渦に巻き込んだ。
若くして称賛を浴びたスター選手は他にもいたが、そのほとんどが周囲の途方もなく大きな期待に応えられないでいる。そして、ルーニーのようなプレーヤーが3人も4人もいるブラジルは、依然として強敵であることに変わりはない。しかし、周りの誰もがうろたえたり、カッとなったりしても、背番号9番ウェイン・ルーニーが冷静さを保つことができれば、想像もつかないようなことが現実となるかもしれない。
文:ベン・ラプトン 2005年10月
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