テキスト版
Read this page in English
 印刷 | このページをメールする| お気に入りに追加|関連ページ
British Council Japan
ベンゲル監督, Soccer - UEFA Champions League - Final - Barcelona v Arsenal - Stade de France, image © Mike Egerton/EMPICS
フットボールカルチャー
日英フットボール選手育成事情
プレミアリーグの外国人監督
イングランド代表監督
川口能活
フランク・ランパード
プレミアリーグ選手引退後の人生
Jリーガー引退後の人生
中村俊輔
ウェイン・ルーニー
オーウェン・ハーグリーヴス
オーウェン・ハーグリーヴス-来日直前インタビュー
デイヴィッド・ベッカム
ジネディーヌ・ジダン
リバウド
セックスがフットボールに及ぼす影響
この記事の英語版
英国のスタジアムにある張り詰めた空気
フットボールカルチャー サイトマップ
トレンドUK
ライフスタイル・学生生活・友だちや恋人・仕事・食・文化など最新英国情報
イングランドに押し寄せる大陸の風
プレミアリーグの外国人監督

フットボールカルチャー > プレーヤー特集 > イングランドに押し寄せる大陸の風

プレミアリーグにはこの10年間、ほかのヨーロッパの国々から大勢の監督がやってきた。野心的なフットボールクラブのオーナーたちがそこまで彼らを欲しがる理由とは、いったい何なのだろうか。

2006年はアーセナルFC(Arsenal F.C.)にとって節目の年である。総工費3億5,700万ポンド(約800億円)の新しいスタジアムに本拠を移しただけでなく、フランス人のアーセン・ベンゲル監督(Arsene Wenger)が就任10周年を迎えたからだ。フットボール界の‘プロフェッサー’と呼ばれるベンゲルは、監督としてアーセナル史上最大の成功を収めている。着任以来3度のプレミアリーグ優勝と4度のFAカップ獲得を達成したうえ、昨シーズンはアーセナルを初めてチャンピオンズリーグ決勝に導いたのである。

ベンゲルはプレミアリーグ初の外国人監督というわけではないが、これまでリーグに最も大きな影響を与えてきたことは間違いない。1年半の間、日本で名古屋グランパスエイトの指揮を執り、低迷していたチームを再生させると、1996年にアーセナルにやってきた。当時はどちらかというと無名だったベンゲルだが、就任早々、イングランドにおけるプロ選手のフットボールに対する姿勢を大きく変えた。

新風を吹き込んだフランス人
ベンゲル監督は、選手の指導に新しい栄養補助食品を取り入れた。当初、アーセナルの選手たちはとまどいを見せたが、日本で食生活について多くを学んだという監督のおかげで、彼らもプロテインや炭水化物といった言葉になじみを持つようになった。

監督の直感で試合の出場メンバーを決めるようなこともなくなり、各選手の生理学的分析などの厳密な過程を経てチームのメンバーが選出されるようになった。このようにベンゲル監督は、欧州一過酷なリーグに科学的な方法で挑み、就任後初のフルシーズンにプレミアシップおよびFAカップの二冠を達成したのだった。

イングランド流よりヨーロッパ流
プレミアシップ4強のうち、3チームの監督が英国外の出身者であることも、何ら驚くことではないのかもしれない。プレミアリーグは相変わらず外国人プレーヤーであふれかえり、巨大クラブは欧州チャンピオンズリーグという華やかで裕福な世界に魅了されている。そんな状況のなか、ヨーロッパ大陸からやってきた監督たちは、イングランド出身の監督に欠けていると言われる技術と知識を備えているからである。

頂点で戦うためには、クラブは一軍を2チーム用意できるほどの厚い選手層を持つ必要がある。1チームは週末に行われるプレミアリーグやFAカップの試合のため、そしてもう1チームは、週の半ばにあるチャンピオンズリーグの試合のためである。そこで大きなクラブは、リバプール(Liverpool)のラファエル・ベニテス(Rafael Benitez)のように実績のある監督を好むようになる。それは、彼らが欧州各リーグの内部情報や選手とのパイプを持っているからである。

イングランドの有名選手には高額の移籍金や報酬が支払われることも珍しくないが、例えば、スペインにはそれほど知られていない、もっと安くて、もしかすると才能もある選手がいるかもしれない。ベンゲルのような監督たちが率先して、クラブの投じる巨万の富を使って選手を集め、多国籍チームを築き上げてくれると、クラブ会長の多くが考えているのである。

西ロンドンのドリームチーム、チェルシー
フットボールクラブのグローバル化を如実に体現しているのは、チェルシー(Chelsea)をおいてほかにない。このクラブが熱心に国際化を進めるようになったのは、1996年に伝説のオランダ人プレーヤー、ルート・フリット(Ruud Gullit)が選手兼任監督に就任した時からだった。その2年後には、イタリア人のジャンルカ・ビアリ(Gianluca Vialli)が同じくプレイング・マネージャーに就き、2000年にはふたたびイタリアからクラウディオ・ラニエリ(Claudio Ranieri)が監督となった。

そして、2003年にロシアの石油王ロマン・アブラモビッチ(Roman Abramovich)が負債に苦しむチェルシーを買収すると、イングランドのフットボール界における勢力図が永久に変わることとなった。

アブラモビッチは、ヨーロッパ最強クラブのオーナーになるという強い野望とともに、チェルシーに底なしの資金をもたらした。そして、自らのビジネスにおける成功をフットボールの世界で再現してくれる監督を探し求めたのだった。この奇跡に近い仕事を成し遂げるのに欧州一適した人物は、ポルトガルのカリスマ監督ホセ・モウリーニョ(Jose Mourinho)以外にいなかっただろう。

自らを‘特別な存在’と呼ぶモウリーニョは、ポルト(Porto)をチャンピオンズリーグの頂点に導いたあと、チェルシーにやってくると、究極のドリームチームを作るための資金を与えられ、プレミアシップの羨望の的となった。まずは7,000万ポンド(約150億円)を費やして、イングランド出身の‘司令官’ジョン・テリー(John Terry)とフランク・ランパード(Frank Lampard)が率いる、無敵の‘外国人部隊’を作り上げた。

こうしてチェルシーは、2005年に50年ぶりのリーグ優勝を果たし、2006年の5月には連覇を決めた。このようにチームは見事な戦績を収め、モウリーニョ監督は膨大な資金を自由に使える立場にありながら、チェルシーの経営は依然として赤字で、採算がとれるようになるのは早くて2009年度と見られている。

監督も選手も、そしてオーナーまでも
ベンゲルは就任10周年を前に、プレミアシップにおいてチームのオーナーが外国人であるというケースが増えていることに、懸念を示した。タブロイド紙『デイリー・ミラー』のインタビューの中で、ベンゲルは「外国人オーナーが増える傾向にあるのは、確かに心配である。通常、クラブには自らの運命をしっかりコントロールしてほしいものだ。監督も外国人で、選手も外国人なら、どこかではっきり境界線を引く必要がある。イングランドは、もはや状況を統制しなくなってしまった」と語った。

今の英国社会の縮図のようなプレミアシップにおいて、外国人のベンゲルがアーセナルとイングランドのフットボールにこれだけの愛情を寄せていることを、アーセナルのサポーターは心強く思うだろう。

ベン・ラプトン
2006年11月

Top of page

ブリティッシュ・カウンシルは、英国の公的な国際文化交流機関です。調べたい英単語をダブルクリックするとオンライン英英辞書が利用できます。  Positive About Disabled People Download Browsealoud