フットボールカルチャー > チームの名前の秘密 > イングランドのクラブ名が南米に
アーセナル(Arsenal)、エヴァートン(Everton)、リバプール(Liverpool)は、イングランド・プレミアリーグだけのクラブ名ではない。南米にも同じ名前のクラブが存在する。他の大陸にある多くのクラブが、英国のクラブに影響されて名称を決めたいきさつを、ルーク・ゴセットが説明する。
かつて、トッテナム(Tottenham)でプレーした経験を持つ東京ヴェルディのオジー・アルディレス監督(Ossie Ardiles)は、アルゼンチンのクラブ、ラシン(Racing Avellaneda)の指揮を執っていた2003年にライバルチームのアルセナル・サランディ(Arsenal Futbol Club de Sarandi)の‘Arsena’の部分を間違って発音したため、地元のマスコミを怒らせてしまった。
アルディレスはアルゼンチンの公用語スペイン語ではなく、英語のイントネーションでArsenalの‘A’を強く発音した。彼が間違えたのは、Arsenal、Everton、Liverpoolなどのクラブ名がプレミアシップのイメージを思い起こさせるからだ。しかし、南米のフットボールファンの間では違う。とはいえ、クラブ名の由来は英国のフットボールにあるのだ。
1957年、現アルゼンチンフットボール協会長であり、FIFA副会長でもあるフリオ・グランドーナ(Julio Grondona)を含む10人のフットボール関係者が、新しくクラブを設立しようと、その名称を考えていた。当時、アーセナル(Arsenal)はイングランドの強豪チームのひとつで、1950年代は旧ディヴィジョン1で常に10位以内、1953年にはリーグ優勝を果たしていた。そこで、グランドーナらは、イングランドのアーセナルから名を取って、新しいクラブをArsenalという名称にしたのだ。
アルゼンチンのArsenal(アルセナル)は、2003年シーズンが始まる前に、クラブ創設以来初めてトップ・ディヴィジョンへの昇格を果たした。そして2003年シーズンは前期・後期リーグともに20チーム中7位で終わりそうだ。
現在、アルセナルで指揮を執るホルヘ・ブルチャガ監督(Jorge Burruchaga)は、1986年ワールドカップの決勝戦でアルゼンチンがドイツを破る決勝点を挙げた伝説的人物だ。その彼が率いるのは、地方の無名チームではなく、アルゼンチンのフットボールファンなら誰でもなじみのあるチームなのだ。
チリのエヴァートン、ウルグアイのリバプール Arsenalのような例は、いくつもある。これは、英国のフットボールが海外のフットボールに大きな影響を及ぼしている証拠だ。南米のクラブ名をみると、英国外の文化にフットボールがどれほど浸透しているかがわかる。
1909年、チリでは親英派の人々がEvertonというクラブを設立。創設者のひとりがポケットから取り出したキャンディーの名前が、エヴァートン・ミント(Everton Mint)だったことからその名が付けられたというのが、地元に伝わる話だ。
しかし、他の説もある。当時、太平洋に面したチリの港バルパライソと、石炭を生産していたリバプールの間では、盛んに交易が行われていた。そして1909年、リバプールを本拠とするエヴァートンは南米遠征を行ない、現地の人たちに強い印象を与えていた。つまり、Evertonという名は地元の人々にすでによく知られており、その名をチームに付け、チームカラーやエンブレムも取り入れたという方が、もっともらしい話である。
サンチャゴ・ワンダラーズ(Santiago Wanderers)やレンジャーズ(Rangers)といったチリの他のチーム名も、英国の影響を受けて付けられた。20世紀初頭、鉄道を敷くために多勢の英国人が南米に行き、空いた時間はフットボールをして過ごしていたのだ。
ウルグアイのチーム、リバプールも同じように名付けられた。1908年、首都モンテビデオにあるカレッジの学生が、他校と対戦するためにチームをつくった。名前を付けようと、地理の時間に地図を眺め、リバプールを選んだのだ。なぜなら、リバプールのマージーにある港は当時、富と権力の代名詞だったからだ。
文:ルーク・ゴセット
Top of page
|