フットボールカルチャー > フットボールの舞台裏 > フットボール用語の歴史と背景
英国で生活をすると、それまで日本では英語と思って使っていた言葉の多くが和製英語であり、ネイティブスピーカーには通じにくい、通じないということを痛感する。フットボールにおいても同じで、英語の解説を聞いていると、興味深く、初めて聞く表現に数多く出会う。こうした用語の違いを背景から探ってみると、フットボールの歴史や文化を垣間見ることができる。
どうして使われるようになったのかは不明だが、日本のフットボールにおいては、明らかに本来の意味とは異なって使われている英語は少なくはない。例えば、ロスタイム。英語で正確に表現するとadded time、injury timeとなる。試合中にけが人の治療などで失われた時間を加えるという意味だが、この‘失われた時間’を指すlost timeがロスタイムという日本語になったのだろう。
また、選手の期限付き移籍のことを日本ではレンタル移籍というが、英国ではloan transfer やloan moveなどと、rentalではなくon loanという表現を使う。ボールを落とさずに続けて蹴り続けることを日本ではリフティングというが、liftは本来、持ち上げるだけの意味。英国人はkeepy-upと言う。
また、ヘディングシュートはheader、ボレーシュートはvolleyという。それに、日本語ではシュート(shoot)が名詞として使われているが、そもそも英語のshootは動詞。名詞はa shot(ショット)である。
2006FIFAワールドカップ・ドイツ大会が開幕し、日本では毎日のように新聞やテレビなどのさまざまなメディアでサッカーという言葉を目にするが、このスポーツの母国である英国においては、サッカーという言葉が日常で使われることはほとんどなく、フットボールと表現する。
もともとフットボールは、英国においてさまざまな形態やルールで行われていたが、1863年にフットボール・アソシエーション(FA:Football Association)が設立されて統一ルールができ、アソシエーション・フットボール(Association Football)という競技スポーツとして確立。これが、現在プレーされているフットボール(日本で言うサッカー)である。そして、手を使っても良いフットボールは、ラグビー・フットボール(Rugby Football)として区別されるようになった。
アソシエーション・フットボールを指してサッカー(soccer)という言葉が使われるようになったのは1880年代。アソシエーション(association)の略語‘assoc’がスラング化したものが‘soccer’だと言われている。
その後、英国以外の英語圏の国々においてはフットボールとサッカーの両方が使われるようになったが、主な理由はそれぞれの国におけるさまざまな形態のフットボール(アメリカンフットボールやカナディアンフットボールなど)と本来のフットボール(サッカー)を区別するためであった。
日本においては、1873年に英国海軍のアーチボールド・ダグラス海軍少佐によって紹介されて以降、競技スポーツとして定着するまでは、フットボールと呼ばれていた。最初にサッカーという言葉を使ったのは、1918年、明星OBチームを大阪サッカー倶楽部と名付けた神田清雄氏であった。当時、海外から持ち込まれたフットボールに関する数少ない文献の中の一つに‘How to play soccer’という指導書があり、このタイトルからサッカーという言葉をチームの名前に採用したことが始まりだという。
英国で頻繁に使われているフットボールの用語には、日本では聞き慣れないものが数多く存在する。例えば、skipper、squad、offsideなどの英国軍隊で使われていた言葉だ。
英国はチームの主将のことをskipper(船長)と呼ぶ。また、フットボールのチームを指してsquad と表現することが多いが、もともとsquad は英国陸軍の8人から12人の小隊を指す。また、offsideは‘off the strength of his side’という、軍隊においてけがなどで働けなくなった兵士のことを指す表現から来ており、プレーに関わることができないポジションにいる選手のことを言うようになった。
19世紀にパブリックスクールやカレッジで盛んとなったフットボールが、戦時中に兵士たちの間でのレクリエーションとしても行われてきたことから、こうした表現が使われるようになったのではないかと思われる。
英国では、日本で言うサッカーシューズのことを、ブーツ(boots)と呼ぶ。これはフットボールが盛んになり始めた19世紀末ごろから、選手たちがけがから足首を守るために足首まですっぽりと入るブーツを着用してプレーしていたことによる。
背景には英国の厳しい気候も関係していたようだ。冬場では霜や雪にピッチが覆われることも多く、頻繁に降る雨により水分をたっぷりと含んだ状態のグラウンドにおいてもフットボールの試合は行われていた。こうした環境下でブーツを選ぶことはきわめて自然なことだった。現在ではブーツとは程遠い、軽くてファッショナブルなシューズが一般的だが、こうしたシューズのことさえも英国では今でもブーツと呼んでいる。
そのほか、英国ではディフェンスの中央のポジションをセンターハーフ(centre half)と呼ぶ。20世紀初頭にはフットボールにおいて英国の多くのチームが2−3−5というフォーメーションを採用していた。この際、3人いる中盤の選手がディフェンスの役割が多くなったことからディフェンスラインに吸収されるようになり、この時のセンターハーフという表現が最終ラインの真ん中に位置するようになってからも使われ続けている。日本では、センターバックという表現が一般的に使われている。
英国ではフットボールクラブの監督を指してマネージャー(manager)と呼ぶ。英語のmanagerという言葉には、管理者、経営者などの意味があるが、英国では伝統的に、フットボールのマネージャーは、クラブのトップチームを指揮するだけではなく、長期的な視点に立ち若い選手の発掘から育成、選手との契約まで権限を持つ。
また、最近では、ヨーロッパのクラブのようにディレクター(director)を置くチームもでてきている。ディレクターは移籍や広報を受け持ち、マネージャーはチームのコーチや経営に専念し、共にチームを経営していく。
一方、日本の監督(head coach)はあくまでもチームの指揮官として練習や試合等のグラウンド上だけが仕事場となり、選手の発掘・育成や契約管理はフロントの仕事となる。
英国においては、19世紀末からプロ選手とプロフットボールクラブが存在し、クラブの責任者が時には現場だけではなくビジネスサイドも取り仕切らなければならなかったことは容易に推察できる。アマチュアとして歴史を重ねてきた日本の場合、クラブの財政や選手育成にまでトップチームの監督が関わる必要はなかった。こうした背景が監督の役割と表現の違いとなって現れているのだろう。
ワールドカップは、ゲームを観て楽しむことに加え、英語での報道を通して本場の英語表現を勉強できるまたとない機会。世界一のスポーツイベントを違った角度でも眺め、英語を通じて異文化に触れてみることで、一層楽しいものになるだろう。
2006年6月 西野 努
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