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アーセナル本拠地ハイバリー, FA Barclays Premiership - Arsenal v Aston Villa - Highbury, home of Arsenal, image © Henry Browne/EMPICS
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英国のスタジアムにある張り詰めた空気
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英国のスタジアムにある張り詰めた空気

フットボールカルチャー > フットボールの舞台裏 > フットボール用語の歴史と背景

今夏オープンした北ロンドンにそびえ立つアーセナルの新スタジアムだが、ファンからの評判はいまひとつだ。今季序盤ホームゲームの勝率が極端に悪かったからではない。あるシーズンチケットホルダーはこう嘆く。
「きれいで見えやすいのはいいけど、何か足りない・・・。ハイバリーのほうがよかった」

このエミレーツ・スタジアムは、総工費3億9,000万ポンド(約850億円)をかけて建設された6万人収容のスタジアムである。足を踏み入れると、まずその巨大さと、全席が跳ね上げ式のクッションシートという豪華さに圧倒されるが、試合が始まると、何か物足りなさを感じてくる。

「ところでテンスはどうなんだ?」
フットボールの取材で方々を飛び回る僕は、旅先でいろんなファンと出会う。この20年間、フラムの試合はアウエーを含めてすべて見ているという筋金入りや、世界各国を回って、ひいきチームとは関係なく年間100試合は見る、という達人。ときにはセルティックの大ファンという、英国の某現職大臣と隣り合わせることもある。

そんなとき彼らは、僕が世界中のスタジアムへ行ったことがある記者だと知ると、こう聞いてくる。「いままで行ったスタジアムで最高なのはどこだ?」

評価の基準はいろいろだ。見やすさ、きれいさ、雰囲気、アクセス、ビールなど、いろいろあるが、英国人たちは、決まってこうたずねてくる。
「ところで、テンスはどうなんだ?」

彼らにとって、試合中スタジアムが‘テンス(=張り詰めた状態)’かどうかが、良し悪しを決める重要な要素なのだ。ひと口で表現するのは難しいが、スタジアムを包む殺気というか、選手たちの必死さと観客の罵声が織り成す空気だったりする。ダービーマッチでの一発触発の恐怖感もあれば、負ければ監督更迭という張り詰めた緊張感もある。選手と観客が作り出す‘気’のようなものなのだ。

スタジアムは劇場である
英国のスタジアムの多くは、ピッチの四方をスタンドが囲い込む独特の構造である。スタンドと屋根が空と外景を遮り、観客の五感は自然とピッチへ向けられる。しかもフットボール専用球場だから観客から選手は近く、その間にフェンスはない。選手の叫び声、ボールを蹴る音、観客のチャント、怒鳴り声というリアルな音声や振動がスタジアム内部にこもり、より‘テンス’は上がりやすい構造になっている。

実にミュージカルやオペラの観劇とよく似ている。舞台の役者に照明が当たり、その手前のピットからオーケストラが音楽を奏で、音響効果を計算されて造られた劇場は、役者と観客をひとつに包み込む。席に着く前に一杯やり、気持ちを高めて、インターバルというハーフタイムには、中座してまた一杯飲みながら前半を振り返る。ショーが終われば全員が批評家になり、ある者はレストランへ向かい、またある者は家路につき、現実へ戻って行く。

英国のフットボールは、こうしたショーを見る感覚に似ている。だからたとえひいきチームが負けたときでも、ときにはブーイングは起こるが、最後には敗者への健闘を称える拍手を忘れない。たとえ出来の悪かった役者やダンサーへも、拍手を送るのと同じだ。負けたら負けたなりに、フットボールを楽しむ術を知っているのである。

残念ながらエミレーツ・スタジアムは、英国の伝統を踏襲した、四方をスタンドが囲い込むスタイルではない。超近代的な円形スタジアムで、どこの席からもピッチが近く、試合は見えやすいのだが、スタンドがうす状に空へ伸びている。だから‘気’が宙へ抜けるのだ。昨季まで96年間使っていた旧本拠地ハイバリーより、明らかに‘テンス’がこもりにくい。アーセナルが開幕直後、新スタジアムでなかなか勝てなかったのも、これが影響したのではないか。

イングランド人やスコットランド人にとって、この‘テンス’はゲームをするほうにも、見るほうにも重要な‘アドレナリン’なのである。

母国にしかない本物の味
彼らの伝統的なスタイルは‘キック・アンド・ラッシュ’である。近年では、外国人監督や外国人選手が増え、こうした伝統に則らないスタイルのチームも出てきて、戦術のない時代遅れの原始的なフットボールだと思われがちだが、いまだ伝統は根強くある。

バックパス、横パスを嫌い、いったんボールを奪うと前へ前へ攻撃を仕掛け、ゴール前で攻守が激しく身体をぶつけてボールを競り合い、こぼれ球へも激しく身体を寄せ、攻守は激しく切り替わる。こうしてスタジアムの‘テンス’は高まっていく。この速さと激しさから生まれる‘テンス’こそ、フットボールの真髄であり、母国にしかない本物の味であることは間違いない。

2006年11月
原田公樹

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