フットボールカルチャー > フットボールの舞台裏 > レッドカードとイエローカード
レッドカードとイエローカードの使用を思いついたのは、「ACME サンダラー (ホイッスル) を吹くだけでは十分ではない」と考えたイングランド出身の審判員だった。
ケン・アストンは、1966年のワールドカップで審判を務めていた。ウェンブリー・スタジアムでの準々決勝。イングランドとアルゼンチンが激しい戦いを繰り広げていたとき、ドイツ人主審、ルドルフ・クライトラインに退場を宣告されたアルゼンチンのキャプテン、アントニオ・ラティンが退場を拒否した。
それを見たアストンはグラウンドに駆け入り、試合続行のために、学生時代にかじったスペイン語でラティンに向かい退場の説得を試みた。その日、ウェンブリーを去る車の中でアストンは、「どうしたら審判がプレーヤーと同じ言語を話さなくても、明確に言いたいことを伝えられるものか」と考え始めた。そのとき運転中のアストンは信号で停車し、信号の赤、青、黄色のライトを目にした。そして、色のついたカードの使用を考えついたのだ。
レッドカードとイエローカードは、1970年ワールドカップメキシコ大会でFIFAの審判により初めて使用された。皮肉と言うべきか幸いと言うべきか、その大会では退場者はひとりも出なかったのだが・・・。
レッドカードとイエローカードの使用はイングランドで生まれたアイディアだが、イングランド・リーグで使用されるようになったのは1976年になってからのことだった。その後も、「審判がカードをむやみに使用しすぎる」というプレーヤーからの苦情があり、1981年から1987年の間は使用が見合わされた。
おもしろいことに、ホッケーでは審判は3枚のカードを使用する。グリーンは警告、黄色は一時退場、赤は退場だ。
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