芸術一家に生まれ育ち「もっと広い世界をみてみたい」と、その一心で渡英。語学を習得し Roehampton University of Surrey に入学。卒業後、翻訳家、MTV JAPAN のスタッフを経て、「伝統工芸を広めていく」ために新たな一歩を踏み出した。助政策を研究する学問のこと。清水さんは日本の大学時代にこの学問と出会い、英国に留学する。開発学の魅力と英国留学、それがどのように現在の仕事に結びついていったかを見ていきたい。
名前:
吉澤朋子さん
留学先:
Roehampton University of Surrey (現在:Roehampton University, London)
プログラム名:
Early Childhood Studies / Children and Society
人生に大きな目標を見出したとき、多くの人はその目標を達成するために「今をどう生きるべきか」「何をすべきか」考える。
将来の目標が具体的な“職種”であるならばなおさら、例えば「将来は弁護士になりたい」と志を立てたなら、まず当面の目標として司法試験に合格するために法科大学院へ通うのが一般的。だとしたら、法科大学院へ入学するために今やらなければならないことは何か?……というふうに考えていく。
しかし、吉澤さんの場合は少し違う。
「将来の目標ですか? そうですね、あえて言うなら白洲正子さんのような女性になることでしょうか」
目標は職種ではない。「本質を見極められる人になりたい」−−−つまり“生き方”そのものが吉澤さんにとっての将来の大きな目標だ。
キーワードは“興味があるか否か”
吉澤さんが「留学したい!」と最初に思ったのは中学3年生の時。日本だけでなくもっと広い世界を見てみたい。そう単純に思った。
「ただ、中学を卒業してすぐに留学したわけではなく、高校は日本の学校、いわゆる進学校に通いました。中学時代から将来は海外へ行ってみたいと思っていましたし、高校3年生になると周りが大学進学の準備を始めても、私はやはり、海外留学の道を諦められませんでした」
この段階で留学して何を学ぶかは特に決まっていない。
「英語が好きでした。だから英語圏の国に留学して語学をマスターしたい気持ちはありました。英国を留学先に決めたのは、両親の知り合いで英国に行った経験のある方がいて、話しを聞いてみて興味を持ったことがきっかけでした。その知り合いの方のつてで、現地に住んでいる方も紹介してもらって、両親も現地に知り合いがいるのなら安心ね、ということで英国留学が決まったんです」
2000年に高校を卒業すると、当初は半年の期限でオックスフォードにある語学学校に入学。そして、
「半年間の語学留学だったんですけど、そのまま英国の大学に進学することにしたんです。英語をじっくりとマスターしたいとも思いましたし、すっかり英国生活が気に入っていましたから」
そして1年間、英国の大学に進学するためのコースに通い、ロンドンにある University of Surrey の分校に進学する。
「当時、幼児学、心理学、国際開発などに興味がありましたから、ダブルメジャーで幼児学/子供と社会学を専攻しました。私の場合、将来『こんな職業に就きたい』と思って選んだと言うよりも、興味があるから学んだという感じですね」
さらに、卒業後は帰国し、国交省の外郭団体である社団法人にて翻訳の仕事に従事。その後 MTV JAPAN に入社し翻訳/通訳、インタビュアーとして働く。その仕事も今年で区切りをつけて、つぎのステップへと進んでいきたいという。
吉澤さんのキーワードは“興味がある”か否か。英国を選んだのも、ダブルメジャーで幼児学と社会学を専攻したのも、大学卒業後の就職も、すべては、その時々で“興味が湧くか”が決め手だ。
「こう話しをしていると、一貫性がないように思われるかもしれませんが、興味を持ったものがいつかひとつの形として繋がっていく、そう私は信じているんです」
結局、全ては繋がっていく
「私の両親は伝統工芸に携わっていまして、母は染めと織物、父は琴作りをしています。一般的なサラリーマン家庭というと語弊がありますけど、確かに私の幼い頃の家庭環境は、他のクラスメイトたちとは違っていたと思います。もの作りをする両親に育てられ、両親の知人から物事のさまざまな考え方、価値観にも触れました。白洲正子さんの生き方に憧れを持つようになったきっかけも、きっと家庭環境にあったんじゃないかと思います」
白洲正子(1910〜1998年)さんといえば、日本を代表する随筆家で伝統芸能である能や骨董に深い造詣を持っていた女性。夫は戦後日本復興に尽力した故・白洲次郎さんだ。
白洲正子さんとの出会いは英国に留学する前のこと。新聞で「本物を見極められる女性」と紹介されていた彼女のことをもっと知りたいと、対談集や随筆を読みあさったのがきっかけだ。染め物をしている吉澤さんの祖父と白洲さんが親交していたことも大きかった。
「私はお金持ちになることやステータスを得ることを人生の目標には置いていません。それよりも物事の本質を見極められる人になることが理想です。それから私はやはり、両親のようにものを作る側ではなく、情報を発信する側にいたいと思うんです。これは白洲正子さんの生き方を単純になぞっているわけではありませんが、伝統工芸というものを軸にして、その真価を理解できる“目利き”の力を磨き、その上でその魅力を外に向かって発信できるようになること、それが今現在、私の目指している具体的な目標です」
では、これまで英国で興味を持って学んだことや実際に行ってきた仕事は、今後の活動にどのように繋がっているのだろうか?
「例えば私は国際開発に興味を持ち学んできましたが、そのことが私の将来にとって無駄であったとは思いません。私は国際開発の仕組みを学んだのと同時に、情報を上手に伝えていくことの大切さも学んだんです」
それはどういうことですか?
「例えば NGO や NPO の雇用状況を見てみると、その間口はまだまだ狭い。それはきっと、日本人のこういった活動に対する認識や理解がまだまだ十分でないからだと思います。国際社会の中で NGO や NPO がどんな役割を持っているのか、それを私たちがもっと理解すること、そうすることで支援の裾野が広がり、活動の規模も大きくなっていくと思います。そのためにはやはり情報を上手に伝えていくことが大切だと思うんです。情報を伝えていくノウハウや、上手に伝えていく意義を私は MTV JAPAN で学びましたが、このときの経験がなければおそらく、そういった考えを持たなかったかもしれませんし、それは私の今後の活動にも大きく影響していきます。国際開発と伝統工芸、畑は違いますが、実状は似ているんです。伝統工芸の世界もまた、より広く知られるべき分野ですから」
吉澤さんは現在、学芸員の資格を取得するために猛勉強している。もちろんそれは伝統工芸の世界を深く追求するためだ。そしてこれまで培ったノウハウを総動員して、その素晴らしさを世界に伝えていきたいと考えている。
英国が与えてくれたこと
“自分が興味を持てること”を真摯に学んできた吉澤さん。そのひとつひとつがリンクして彼女の今後の活動を形成していく。それは目的地を知らずに流れている何本もの川のようだ。一本一本は細いが、支流はやがて合流し大きな川となって大海原へと向かっていく。
「英国でこれまでの基盤を作ってこれたことは、本当に良かったと思っています。現地での生活の素晴らしさはもちろんのこと、一番良かったのは私の感性とマッチした部分です。英国は伝統を大切にしつつ、新しいものを創造する力がみなぎっていますよね。個々の価値観を認めてくれるという点が素晴らしかった。全員が右にならえではなく、新たな価値に目を向けてくれる。みんなそれぞれのスタイルを持ってるし。そういう環境が私にはぴったりでした」
英国で感性を磨き、学び、多くの経験をした吉澤さん。
「今になってようやくはっきり、自分が目指すべき道が見つかったと思っています。あのとき英国留学して良かったと、本当に思っています」
プロフィール
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2000年 3月、日本の高校を卒業後に語学留学のため渡英。半年の期限付きで考えていた留学だったが、一転、英国の大学進学を志す。 |
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2001年 1年間の大学入学のための準備期間を経て、9月にRoehampton, University of Surrey入学。 |
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2004年 大学卒業に帰国。国交省の外郭団体である社団法人にて翻訳の仕事を経験。その後 MTV JAPAN に入社。 |
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2008年 MTV JAPAN を退社。これまでの経験を生かして「伝統工芸を世界に広める」ための活動を開始。 |