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たった一鉢のガーデニングが街の景観(ランドスケープ)へと繋がっている

 

英国のランドスケープ企業にてさまざまなプロジェクトに携わる傍ら、帰国後の日本の大学での講師就任に先駆け、ロンドン大学にて教授法を身に付ける。帰国後の現在は、京都光華女子大学にて教鞭をとる。

名前:
沙羅仁子さん

留学先:
Central Saint Martins College of Art and Design (University of the Arts London)

プログラム名:
MA Design Studies

 路上では、有害な排ガスを極力抑えるハイブリッド・カーが走り、生活を支えるエネルギーには風力や太陽光が活用され、新型マンションではオール電化が注目を集めている。これらは一過性のブームではない。いま地球規模での環境保全への取り組みが真剣に考えられ、行動する機運は年を追うごとに高まっている。

 その中にあって、ランドスケープ・デザインの果たす役割はどんなものだろうか。ランドスケープ・デザインとはつまり、“景観”を“造形”すること。しかしそこには、「人間の生活」と「自然の営み」の関係を総合的に認識し、その上で環境を創造していくというテーマがある。「素材を無駄にせず、効率と合理性を追求し、同時に豊かで美しい空間を創造すること」は現代デザインの原点であるバウハウスの徹底した機能美の哲学だが、「都市生活における自然の美と人間の営みの合理性を叶え、心が豊かになる景観」、つまりランドスケープ・デザインは、“地球環境の21世紀”におけるシンボルだとも言えるだろう。

 沙羅さんは現在、京都の大学でランドスケープ・デザインを教えている。彼女がどのようにしてこの分野に魅せられていったのか、まずはそこからお話しを伺った。

生活に自然がとけ込んでいた幼少時代

 「生まれは東京。自由でハイカラな家庭で育ちました。子供の頃の想い出といえば、親には内緒の“秘密の家”と夜空の“キラキラ流れ星”、甘酸っぱい宝石のようなフルーツゼリー、木々の茂った山道と木漏れ日、小鳥のさえずりで始まる朝、紅の山にこだまする鳥の鳴き声などなど。数え切れない思い出を辿っていくと、いつもそこには美しい自然がありました。その頃から自然は大好きでしたけど、それはごく普通のことでしたね。自然は生活の中に当たり前にありましたから。でもいつしか、都内には自然が少なくなり……」

 そんな彼女に、ある出会いがある。女学校時代のこと。

 「学生時代の恩師です。白髪のマダムでとても洗練されグローバルな視点を持った方でした。彼女は若い頃、まだ海外渡航が自由化される以前からジャーナリストとして世界を飛び回っていたんです。彼女からランドスケープ・デザインのことを聞いて、ああ、自分のやりたいことはこれだなって。自然の源である大地、そこにつながる風景を形作っていくことが、自分のやるべきことじゃないかって、思ったんです」

 その後、大学、大学院を通じて、沙羅さんはランドスケープ・デザインを本格的に学ぶ。

 「コンペに明け暮れた毎日でしたね。もちろん旅もたくさんしました。その中で、ランドスケープ・デザインに影響を与えた英国にのめり込んでいく自分がいたんです」

憧れの国、英国に研究員として渡る

 沙羅さんに英国行きのチャンスが巡ってきた。

 「大学院時代の恩師は、国家機関にて長年にわたって都市計画、国土計画に従事していた方でした。この恩師の推薦によって英国政府機関の研究員として渡英できるチャンスを得たんです」

 研究所一帯は景観保全地域に指定されており、緩やかな丘陵と、高台には18世紀の貴族の館が静謐に佇んでいる。研究所の敷地内にテムズ川が流れるといった美しい環境は、もちろんのこと沙羅さんを魅了した。

 「オフィスはその昔、貴族がサマーハウスとして使っていた建物です。古いものを活用しながら保全していくという英国の精神を感じましたね。休日になるとよくガーデン・ウエディングなどが催されたりするんですが、その可愛らしいこと。テムズ川に浮かんだ船から花嫁とそのお父さんが降りてきて、赤いバージンロードに導かれる。真っ青な空と緑の芝、真っ白なマーキーでガーデンパーティが行われて……」

 そんなのどかで美しいオフィスで、国家政策のメンバーに都市やカントリーサイド計画における公園やオープンスペースの情報提供を行ったり、政府文書の立案・作成などをこなした。

 そして約2年間、研究員として働いていた沙羅さんに、あるプロジェクト参加の話しが舞い込んできた。声を掛けてくれたのは、研究員のメンバーでマネージングディレクターのヒギンズ博士。

 「ヒギンズ博士はプライベートでもマナーやレディーとしての立ち振る舞いにうるさい人。私に声を掛けてくれたのはきっと、まだまだ未熟な私を見て、育てがいがあると思ったからではないでしょうか(笑)」

 プロジェクトの内容は、約150年の歴史を持つ英国の老舗ランドスケープ企業の日本支社を立ち上げること。この企業は、英国王室をはじめ貴族やミドルアッパークラスに多くの顧客を持ち、庭造りなども手がけている。

 「プロジェクトには互いの国の価値観の違いという壁がありました。実際、国際社会で日本人の代表として頑張っている先輩達を見ても思うのですが、言葉のハンデがありながら、180度も価値観の違う国の人々とコミュニケーションし、それを実行に移し、日本での価値観へと移行していくには、大変な苦労があります。でも、その分やりがいはありますよね」

 沙羅さんは日英の掛け橋というロマンを胸に開発マネージメントチームとしてプロジェクトに奔走した。

ロンドン芸術大学で学ぶ

 そんなプロジェクト立上げの中、帰国後の大学での教鞭の話が持ち上がった。沙羅さんはプロジェクトと同時並行で、教授法についての研究を行うことに。場所はロンドン芸術大学,セントラル・セイント・マーティンズ・カレッジ。

 「プレゼンテーションでは、舞台を学生、関係者一同が取り囲み、グループごと順番に制作者のスピーチを聞き、全員でそのプロジェクトについての講評、批評をします。まあ、その容赦のないこと。若さにまかせて、自分たちのプロジェクトには自信過剰、人のプロジェクトはありていのようにいう人もいるし、いっぽうで、自分たちのプロジェクトには迷いだらけでも、批評する目に狂いがないという人もいる。ときには他の学生たちも加わって、ひとしきり議論になったり……。ただ議論が食い違っても、個人的なしこりはまったく残らず率直そのもの。彼らは精神的にタフであり、そしてけっこう大人でもあります」

ランドスケープ・デザインを教える側に。

 帰国後の現在、沙羅さんは京都光華女子大学にて学生にランドスケープ・デザインを教えている。そんな彼女の元に、ある日卒業生から一通の手紙が届いた。

 『大学で学んだことで、庭づくりは庭だけでなく、街や地域のこと、ひいては環境改善のことまで関わる仕事であることが初めて分かり、意識が180度変わりました』

 「園芸や庭づくりは地域を変え、街を変えることが目的ではないかもしれません。それでもこの卒業生が図らずも語っているように、仕事であれ、趣味であれ、ガーデニングをする人達が、目の前の庭づくりだけでなく“まわりの街も美しくなって欲しい”という意識を持てば、知らず知らずのうちに街や地域は美しくなると思います。そして庭をつくるという行為が自分だけのものではなく、絶えず社会とリンクしていくものであるという意識を持てば、きっと住み良い街や地域が生まれると思います。たった一鉢のガーデニングが街の景観(ランドスケープ)へと繋がっていることを意識する - 21世紀に生きる我々にとって環境問題は無視できない非常に差し迫った問題であり、庭づくりはこのことと決して無関係ではなく、むしろその役割は想像以上に大きいといえます。今もなお英国に息づく、本物のガーデニングのように、庭の規模とは関係なく、自分らしさも発揮しながら環境全体のことも組み入れたものが拡がっていくといいですね」

プロフィール

1998
東京農業大学大学院にて、ランドスケープ・デザインを修了。英国政府機関の研究員として渡英。
2000
英国老舗ランドスケープ企業に赴任。日本支社立ち上げのプロジェクトに携わる。
2001
University of the Arts London にて MA Design Studies を学び翌年に修了。帰国後からは京都光華女子大学にて教鞭をとる。
 
 

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