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興味を突き詰めてきたから、DJとしての私がいる

 

1本の映画との出会いから始まったケルト文化への興味。英国の大学でウェールズ文学と映画・TVを専攻し、帰国後は DJ としてデビュー。『2005年愛地球博』では公式 FM 局、FM LOVEARTH で DJ を担当。

名前:
中内祐子さん

留学先:
University of Wales Aberystwyth

プログラム名:
BA in Welsh, Film & TV (joint course)

 いつ、何どきに運命的な出会いがあるかは分からない。中内さんにそんな出会いがあったのは15歳の時、何気なく観に行った英国の映画『ワン・フルムーン』だった。

 父親を知らない少年と信心深い母。厳しい自然に閉塞感漂う村、常軌を逸した登場人物達、母への愛と葛藤が交錯する少年の心は、やがて悲劇的な事件を引き起こす……。物語はおそらく、15歳の少女にはあまりにも衝撃的だ。しかし、中内さんが一番の驚きを感じたのはそれではない。

ウェールズ語への興味

 「とにかく、全編ウェールズ語だと知って驚きました。英国の映画だから英語なんだろうと思っていたら、登場人物達のまったく聞き慣れない言葉。はっとしましたね。映画を観るずっと前から英国の文化には興味を持っていましたけど、大好きな英国にも言語や文化に多様性があることを知って、それは新鮮な発見でした」

 ちなみに英国はイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4つから成り、歴史的に観れば、ウェールズは紀元前500年前後に中部ヨーロッバから移住してきたケルト人が作った国家が起源。

 「その後、日本の大学に入って普通に大学生活を満喫。2年生の時でした。ウェールズ大学で夏期のウェールズ語講座が開講されるということを知ったんです。映画を観て以来、ケルトの文化とウェールズ語の興味を抱き続けていたこともあって、参加を決めました」

 さっそくウェールズ大学の5つの分校にそれぞれ、講座についての問い合わせのため手紙を書く。

 「今思うと、随分と行動力があったと思います。なにせ英語力すら乏しかったんですから。結果、返答があった Lampeter で行われている講座に参加しました」

 Lampeter では集中コースに参加。朝から晩まで、週末もなく、まさにウェールズ語の生活だった。

 「私の入った入門コースは最初の2週間ぐらいまでは英語での授業でしたが、あとは全てウェールズ語のみ、受講者との会話もウェールズ語でした。かなり大変な8週間でしたが終わるころにはウェールズ語での日常会話もできるようになっていました」

本格的な留学を目指し、日本の大学を中退

 夢に見たウェールズでの8週間。しかし、興味はこれで終わらなかった。

 「集中講座に参加しながら、こんなに興味をもって勉強できるのなのだから、いっそ大学に行って本格的に学んでみたいと思い始めたんです」

 そして帰国後、さっそく英国大学の入学資格を調べてみた。そして日本の大学2年生(一般教養)を終了していることと一定の IELTS のスコアをクリアすることで入学資格が得られると分かった。

 「ウェールズ語を本格的に学ぶなら、現地に行くしか方法がなかったんです。日本には専攻できる大学がありませんでしたから。そこで帰国後すぐにブリティッシュ・カウンシルで大学の資料を集め、IELTS の対策コースを受講しました」

 IELTS は2回目の受験で希望していたスコアをクリアすることができた。いよいよ留学。

 「ウェールズ大学は5つの分校から成っていて、それぞれウェールズ文学コースはあるのですが、私が選んだ Aberystwyth はネイティブのウェールズ人がウェールズ語で専攻できるコースが充実していて、ウェールズ語文学コースだけでなく映画・TV 学科も全てウェールズ語で行われるコースがあるということでこの大学に決めました。実際、授業、セミナー、エッセイ、卒論、試験すべてがウェールズ語でした」

 コースは4年。通常の BA ならば3年だが、中内さんはウェールズ語で A レベルを取っていない生徒のためのコ―スをとった。

 「4年間のコースでは主に留学生やイングランドで育ってきたウェールズ人の学生が学んでいました。1年目はウェールズ語をアカデミックなレベルで使えるようになるための基礎、2年目からはウェールズ語で A レベルを取っている学生(ウェールズ語学習者)と一緒に全てウェールズ語の授業に参加。3、4年目はウェールズ語のネイティブスピーカーと一緒のコースを受講するといった流れです。なので、日本の古文のように中世ウェールズ語文学を原文で読むなんていう授業もありました。ウェールズ語については、日本語から学べる手段がなかったので、まずは英語をマスターしなくてはならない、つまり常に2重のハードルがあるような感じでした。単語を覚えるのもだんだん難しいアカデミックな単語になるにつれて英語・ウェールズ語両方で覚えなくてはいけないのは苦労しましたね」

 授業以外はほぼ毎日図書館にこもった。セミナー、エッセイ、試験の準備のために、朝から晩までいることもしばしばという学生生活。「特に私は文献を理解るのにほかの人より倍以上の時間がかかったので、仕方ありませんよね」

ウェールズでの知識を生かし DJ となる

 さて、中内さんが履修した BA in Welsh, Film & TV は、ウェールズ語と映画、TV を同時に学べるコースだが、このコースを履修したことと、現在の DJ という仕事の接点はどこにあるのだろうか。

 「ウェールズ語はもちろんですが、そもそも私はメディア全般にも興味がありました。大学で映画・TV 学科を履修したのもそれが理由です。ラジオの DJ に興味を持ったのは映画・TV 学科のオプション「ラジオ分析」というコースを受講したことがきっかけです。映像ではなく聴覚で無限のイマジネーション広げていくことがラジオの醍醐味。英国でもラジオをよく聞いていて、日本にはない番組の奇抜さに新鮮さを感じたり、視覚で直接伝えるのではなく言葉や音楽で表現して空気を伝える面白さにはまっていきました」

 そんな折り、DJ の話が舞い込んでくる。中内さんが DJ デビューを飾ったのは2001年のこと。その年は英国における JAPAN YEAR であり、BBC CYMRU (BBC WALES のウェールズ語放送局)では、日本にいるウェールズ人、またはウェールズにいる日本人の特集番組を制作した。中内さんは、BBC CYMRU からラジオ番組のプレゼンターの誘いを受けた。

 「日本に帰国後は、DJ としての地盤を固めるために、リサーチャーや翻訳などのアルバイトをしながら、オーディションを受け続けたんです」

 そしてついに東京都内の FM 局で DJ デビューを飾る。2005年愛地球博では、公式 FM 局である FM LOVEARTH での DJ も担当。

 「FM LOVEARTH では音楽のほか万博情報、交通情報などを提供するのが主な仕事ですが、外国パビリオンの話し、イベントなどの紹介には、英国で出会ったヨーロッパやほかの諸国出身の友人と話した経験がとても役立ちますね。英国の大学ではヨーロッパをはじめさまざまな国の学生も多いので、イギリスの文化だけでなく、他国の文化も知ることができたことが良かったのだと思います」

 DJ としてはまだまだ駆け出しだと語る中内さん。今後はウェールズ語も交えながら、音楽・言葉を通して共感できる空間を作っていきたいと考えている。

 「日本ではウェールズ語というと、ほとんど研究職の方にしか知られていませんが、私はもっと庶民的な視点で言葉と文化を伝えて行ければと考えています。英国にはウェールズ語のような一味違った文化がある。この“違い”というのがキーワードで、違いがあるからこそ面白いということを伝えていけたらいいですね」

 ウェールズ語との出会い、それを突き詰めていく過程でラジオの楽しさ、可能性を発見し、ついに自身の職業にした。

 「何か興味のあることを突き詰めていくと、新たな分野でさらに深く知りたくなることが見つかると思います。それをまた学んでいく。そのように領域を広げていくことがキャリアアップにつながっていくのではないでしょうか」

プロフィール

1992
映画『ワン・フルムーン』でウェールズ語に出会う。
1997
大学2年生。University of Wales Lampeter で行われた8週間の夏季ウェールズ語集中講座を受講。ここで英国への学部留学を決意。IELTS の勉強に励む。
1998
日本の大学を退学し、University of Wales Aberystwyth に入学。Welsh と Film & TV Studies を専攻。
2002
BA を取得後、日本に帰国。
2004
リサーチャーや翻訳などのアルバイトをしながら、オーディションを受け続け、東京都内の FM 局で DJ デビュー。
2005
愛地球博公式 FM 局 FM LOVEARTH で DJ を担当
 
 

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